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2004.03.30

清原なつのを読んでいた頃

 ふと、清原なつのが読みたくなって、「Book Off」に行きました。<なぜ新刊書店に行かないのだ。
 SFファンには古くからの読者が潜在的にいるのか、なんでかしらん「ぶーけ」時代のコミックスが早川文庫にまとまって採録されたのを眺めてたら、なんとなく読みたい熱が。私の清原なつの歴は「りぼん」時代で終わってるし。(「りぼん」の読者層が低下して一部の作家が「ぶーけ」に移っていったけど、私は「ぶーけ」を読まなかったもんで)
 私が読んでいた頃の「りぼん」はまだ読者の年齢層が今より高かったけど、メインの雰囲気は乙女チック路線の延長上にあって、私のような精神的バンカラ(ってどんなんだよ!)は楽しみつつも楽しめない、みたいな微妙な距離感がありました。その中に現れた清原なつののマンガは、絵柄がああいうかわいらしいものなのにどこか冷めた感じがあって、私には心地よかったのです。特にめがねのショートボブで愛想のない理屈っぽい女、花岡ちゃんと頭はいいけど若くしてハゲ、しかもこれも理屈っぽい簑島さんが出てくるラブコメ(強いてカテゴライズするとしたらそうなるんだろう)「花岡ちゃんの夏休み」を読んだときは衝撃だった。少女マンガでこういう子が主役張っていいんだ、相手役がやさしいハンサム君でなくてもいいんだ、ふわふわとかわいらしい関わり方でなくてもいいんだ、そうなんだー!と救いを得たような(笑)気持ちになりました。
 清原なつののマンガは「りぼん」の要求するフィールドのぎりぎり端っこで、シビアで身も蓋もない女の子の現実をこそっとこそっと描いていた気がします。それと、恋愛が砂糖菓子ではないことも。
 宇宙飛行士を目指して難関を乗り越えて養成学校に入った少女が、同期に恋人を得たとたんに人の孤独を知って外に出ることよりも彼といることを病的に望むようになる「真珠とり」の第三話「まりあ」を読んだ時は、恋よりも宇宙にあこがれていた私は「恋なんかしたくない」と思ったものでした。ただでもないに等しい女の子の飛翔力を恋にもがれるのはやだなあ、なんて。(この話の読みどころは別のところにあるんだろうが)
 私が清原なつの読書末期に読んで一番どかんときたのは「ゴジラサンド日和」。恋愛に対してこれほどドライで、しかも柔軟性を持った視点で書かれてる「少女マンガ」は滅多にないんじゃ、と思ったほど。(もう20年も前のマンガだから、今の十代にはインパクトないのかもなあ)
 その後、清原なつのは発表の場を「ぶーけ」にシフトしていき、私はなんとなく距離を置いて今日に至ったのだけど、その後も女性向マンガの中に軸足をきちんと残しつつ人の心に残る作品を書いておられたようで、急にその辺の未読作を読みたくなったというわけで。特に評価の高い「花図鑑」をこの機にぜひ。復刊したと安心してたら、すぐに絶版になる今日この頃の出版事情なんで。

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