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2007.02.08

子どものころの恐ろしい話

 デパートで京都フェアなどがあるとき、和ロウソクの店が出店してくることがある。あの逆末広がり気味の和ロウソクを見るたび、私はなんとなく「怖いな…」と思う。なんでかというと、私の脳内では和ロウソク=「赤いろうそくと人魚」→もやっと怖い、という図式ができているからなのである。写真に出ているロウソクが赤かったり絵入りだった日には「こわぁあい」ってくらいのもの。
 今日も地元のデパートのチラシに和ロウソクが載っていて、相方に「ほら、和ロウソク。和ロウソクってなんとなく怖いよね」と言ったところ、「なんで?」と問い返された。「だって、『赤いろうそくと人魚』を思い出すんだよね」と言うとちょっと納得したような顔になったけど、「でも、なんで『赤いろうそくと人魚』だと怖いんだ? どんな話だったか、よく憶えてないんだが」と首をひねられ、そう言われると私もかなりうろ覚えなことに気づく。
 こういうときはネットって便利。
 で、ご存知の方にはアレですが、「赤いろうそくと人魚」のざっくりしたあらすじを。

 北の暗い海に住む人魚は明るく暖かくやさしいと聞く人間の世界にあこがれ、自分の子どもにはそんな世界で育って欲しいと小さな村の神社に子どもを産み捨てる。子どもは子のないロウソク屋の老夫婦に拾われて器量も気立てもいい子に育ち、育ての親への恩返しかロウソクに絵を描くようになる。これを使う船は沈まないと話題になり夫婦のロウソク屋は繁盛するが、その娘が実は人魚だと知った見せ物屋が娘を売ってくれと老夫婦にせがみ、最初は断わっていた夫婦も金に目がくらんだのか娘を売ることに決める。人魚の娘は泣きながらロウソクに絵を描いていたが、悲しみのあまりか最後の塗った三本のロウソクは真っ赤に。娘はロウソクを残し、見せ物屋の船に乗せられてよその国へと売られていく。その後、老夫婦の家にロウソクを買いに来た女がおり、夫婦は残った赤いロウソクを女に売る。するとその夜嵐が来て、人魚の娘の乗った船は難破、村は水害に襲われ、その後次第に寂れていく。ロウソクを買いに来た女は、娘の母人魚であった。

 ネットで拾ったあらすじを合成したので細部は違うかもしれないけど、そうそうこんな感じの話だった! とうなずきながらあちこちを読みました。
 しかし、本編を読んだことのない人がこのあらすじだけを読んで、和ロウソクを見ただけで怖いと思うようになる気持ちがわかるだろうか? 何が怖いのかわからん、という人もいそう。というか、私もホラーみたいに怖い話ってわけじゃないと思ったけど、でもわき起こるぞわっと怖い感は止められない。
 これは子どものころに接したが故の刷り込みなのか?
 ちなみにネットであらすじを検索していたら、同じように怖い話として記憶している人が結構いた。子ども心に響く怖さがあるのかもしれない。
 この話と「ごんぎつね」の絵本を子どもに読んでくれとせがまれると困る、というお母さんの話も読んだ。そりゃ、困るよね!

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Comments

「赤いろうそくと人魚」で、当時の私が一番怖いと感じたのは、人買い商人ではなく、人魚娘の養い親達でした。
あんなに可愛がっていたのに、最後は「早く出て行け」と言わんばかりに娘を追い立てていた彼ら。
いい人であったはずの彼らの心変わりが何よりも怖かった・・・・
2人の心の奥底には「こいつは所詮、”人外”」という本音がしっかり根付いていたと、今なら分かるのですが。

しかし、「赤いろうそく」を買いに来た女が「娘の実母」だったとは・・・・
怖さ、倍増でございます・・・・・・・・・・

Posted by: 風鈴香 | 2007.02.19 at 09:04 PM

風鈴香さんのおっしゃるように、「赤いろうそくと人魚」が怖かったのは、子ども向きの話ではあまり露骨に出てこない人間の二面性みたいなものが書かれてたからかな、という気がします。
あと、全体に暗いというか、村の雰囲気とか人魚の娘がろうそくに絵を描く部屋とか人買いの船と嵐とか、曇天な雰囲気があるせいかなと。

桃太郎のおじいさんとおばあさんが桃から生まれたへんな子どもだからって、見せ物小屋に桃太郎を売ったら大ショックです(^^;。
あんな強い子ども、大人が束でかかってどうできるもんでもないかもですが。

「怖い」って記憶は不思議なもんですね。

Posted by: きいろ | 2007.02.20 at 10:02 PM

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