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2008.05.28

「隠し砦の三悪人」、見ました

 私はどうにも樋口監督には甘々で、世間でも知人間でもわりと酷評の「ローレライ」も「日本沈没」もそんなにダメ感なく見た人なんだけど、これはあかんかった…。今までの三本の中で一番駄目だと思う。
 最初にお断りすると、私は黒澤版「隠し砦の三悪人」は相方が家でDVD見ているのを脇でチラ見した程度で、細かい筋は覚えてないし、従ってとりたてて思い入れもこだわりもない。(SF者としては、「スター・ウォーズ」の元ネタその一なんだしちょっとは押さえておけよ、という気もするが)なので、今回のリメイク版もリメイクと言うよりはかなり新作のつもりで見たはずなんだけど、やっぱりそこかしこで「これはちょっと違うなー」と考えていた。痩せても枯れても黒澤明。たいしたものだわ。
 どの辺が駄目かというと、秋月の生き残りの二人があまり魅力的に描かれていないこと。滅びた国の、最後の希望を背負って立つ姫として、長澤まさみの演じる雪姫はあまりに厚みがない。本当は旅する間に領民の暮らしぶりに触れ己の未熟と課題を知って成長していかないといけないのに、旅すればするほどヨワヨワなただの女の子になっていってしまう。それを補佐する真壁六郎太も、腕が立つ忠義者の侍というだけではない人としての懐の深さを示してほしいところなのに、融通の利かない無骨な侍という感じにしか仕上がってなくてなんだかなあ。
 この二人がちゃんと魅力的なキャラになっていてくれないと、観客の仮託視点になる松潤の行動に感情移入できないし、最後のカタルシスも弱くなってしまうのね。自分にとってはいけ好かない侍とか雲の上の鼻持ちならない殿とか姫とかって存在だったはずなのに、なんだかこいつらいいやつじゃん、こいつらなりにいろいろ悩んで精一杯がんばってくれてるんじゃん、と武蔵の気持ちが変わっていくという展開にならないと、最後の「裏切りご免」が全然効いてこない。ただけなげな姫さんに恋しちゃって助けてあげたいのー、という部分しか伝わってこないんじゃ、動機が弱すぎる。がために、クライマックスでいい感じのカタルシスが得られない。
 今までの樋口映画はそれなりにがっつりしたテーマを抱えていて、画面からはそのテーマを「なんとかして伝えたいんだよぉぉーっ」という監督の熱意というものが噴出していました。それがうまくいってるかどうかはまた別の話なんだけど、私は成功・不成功をはともかくその熱を持って作品を「よし」としていたところがあります。ところが、「隠し砦の三悪人」はエンタメ一直線な話で基本的には大仰なテーマはない。見終わって「あー、おもしろかった!」と劇場を出てこれさえすれば、極端な話心に何も残らなくてもいいタイプの映画です。それだけに「気持ちはわかる」で見逃せる要素が少ない。エンディングですかっと腑に落ちて爽快になれないと、見た後の満足度が下がってしまうのです。
 私にとって、この映画がすかっと終わるためには(ネタばれるけど)、武蔵の秋月の二人との別れに際しての行動に「よくやった、そうだよな」とどのくらい納得できるかが最大の要素でした。そして、それを成立させるためには、反感を持っていた武蔵ですら「こいつらはすごい」と思わせるに足る人物像が雪姫と真壁六郎太になければならないわけです。だから、この二人が魅力的に描けていないのは致命的なことだと感じたのです。
 ぶっちゃけ、武蔵が雪姫を「この女は俺の隣りにいるだけの人生を送るような器ではない」「この女は苦しくとも領民を率いて立ってこそ真価を示す人材なんだ」と心の底から思うのでないと、「裏切りご免」は「嘘ついてごめーん」という意味しか持ち得ない。そんな軽い言葉が作品を貫くモチーフじゃ、カタルシスも小さくなろうってものです。

 ただ、相方と話していて指摘されたのは、侍として生き方、領主としての資質みたいなものを、黒澤流れで見に来たわけではない時代劇慣れしていない世代にわかるように描くのはむずかしいんじゃないか? ということで。むずかしい字幕は読めないとまで言われる人がいる現状(それにしても、冷戦とかナチスという言葉もわからないってほんとですかね?)では、侍の価値観、主君の腹の据えっぷりなんて概念的なものをわかってもらうのはさらにむずかしいのではないか、だとすればわかりやすく「好きな子を助けてやりたい」という動機に落とし込むしかないんじゃないの? 女の子も生まれた境遇に準じる生き方より自分を大事にしてくれる男にふらっとしちゃうとこがある方が等身大というか、共感しやすいだろうしと言うわけです。
 でもー、でもー、でもー。そんな安っぽいキャラじゃ、私はカタルシスを得られないのよっ。
 …私みたいな石頭は、これからどんどん物語でカタルシスを得にくくなっていくのかもしれんです。

 長澤まさみの姫姿がどうにも決まらず、「また一段と美しい」と言われても「そうかなあ…」としか思えないのがつらい。着物の重さに顔が負けてるのです。メイクが現代風のナチュラルメイクだからかしら。あれなら小汚い旅装の方が凛々しく見えてよかったような…。声を張っても細さと張りのなさが拭えないのも、キャラに今ひとつ届いてない原因のような気がします。彼女だけのせいじゃないと思いますが。

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Comments

私も観ましたー。
長澤まさみの姫は、小汚い格好の方がまだ良かったですよね。
姫姿になって登場した途端、その辺の村娘みたいになってしまったような(笑)
最近の映画って、観客に合わせすぎてる気がします。
わからないモノを「わかりたい!」と思う気持ちって、大事なんだけどな…。

Posted by: くまもん | 2008.05.30 at 04:26 PM

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