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2009.11.19

「源氏物語」には向かない私

 そりゃあ世界に名だたる日本の古典ですから、私もことあるごとに源氏読んでみようかしら、と考えたものでした。
 数年おきに入門っぽい本を読んだりとか、解説的なTV番組を見たりとかしました。それで勢いついて、原典は無理としても現代語訳のどれかくらいは手にとってみたくなるんじゃないかと期待したもんですが。
 あかん。毎回むしろ源氏にいらっとして、「これは読めんわー」と苦笑いして終わるのです。源氏物語絵巻の修復過程を追ったドキュメントなんかはすごくおもしろかったんですけど。
 しかし性懲りもなく、先週今週と瀬戸内寂聴先生が源氏物語を男君たちの視点から語る番組を見ました。これってどうも、知る楽という教育番組でやったものの編集版だった模様。そして、やっぱり「ああ、こりゃあ私には向かない話だわ」と改めて噛みしめてしまったという。
 私の感覚はいかんともし難く「現代」なので、平安時代の人と価値観を共有するのはすごくむずかしいのは端から決まってますけども、さらに(乾いた心という故があるにせよ)恋愛を流れ歩く男なんて主人公にはもともと興味が限りなく低なのが性分なのですけども。
 栄耀栄華を極めながらも正妻を寝取られたり最愛の紫の上に先立たれたりして(どれもこれも身から出た錆としか言えんのだが)、晩年の源氏は人生の物悲しさを思うようなんだけども、そりゃそうだろと私はさらに思ってしまうのだ。だって、この人、地位と権力と財力を手に入れたけど、それに見合う何もしてないもんね。立派なお屋敷を立てて縁のある女性を引き取って住まわせたというけど、それって「私」の世界のことなのです。男が権力を手に入れる、それもよくしてくれた男としてのライバルを足蹴にしても上りつめるからには、その地位を使って何かを成し遂げるって展開でないと一気にそいつが凡人ちっくに感じちゃうんです。私の場合。
 男子一世の成し遂げるべき決意があって、そのための手段として地位や財力がある。
 仮に成り行きでその地位に就いたとしても、周囲との関わりの中で自分の成すべきポジションを見出す。
 歴史に残る男たちってそういうやつらです。私生活はしょーもなくても、不思議と「公」の世界に対しては抜群のセンスがあったりする。
 もちろん、権力と金に溺れて女にうつつを抜かして堕落のうちに人生を終える人もたくさんいるけど。それはそれで、また「物語」と割り切るならある種のおもしろみもあるだろうけど。
 光り輝く容姿と才能があると言われる男なら、それなりのことを成し遂げてくれないとねーと思っちゃうわけです。でなきゃ凡人じゃん。
 別に政治の世界でなくてもいい、美術や宗教の世界とか文化面を切り開いたっていいんです。でも、聞いても聞いても源氏の世界って「私」しかない。人の心模様の移り変わり、人の関わりの話なんですね。物語の主題が違うんだと言われたらそうなんだけど、だったら「私としては」あまり興味の持てない「物語」になっちゃうんですよねえ…。
 平安時代の女性にそういう視点を持った話を求めるのが無茶なのだけども。
 (当時なりの規模の)国のために、あるいは文化のために、何かを成して、でも没落する晩年を送り人としての弱さダメさをほの見せながら世を去る、みたいな話だったらそれなりに興味が持てたんだろうけどなあ。

 平安時代の生活や価値観等々を知る「文献」としては、おもしろいかもと思うけども。それだけじゃ読めないよなあ、あんな長い話。

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