2009.12.27

男なら見ろ

 今年ももう数日で終わりだそうで、何か振り返ることがあればいいけども、年半ばは暑さで終わりの方は貧血だかなんだかで不調を被って特に何もできないうちに過ぎたというていたらく。来年どうにかなるあてもないのが困ったとこだけど、とりあえず当面仕事があるだけでも今のご時世ありがたいことなのでがんばっていくしか。生産性については、そんなわけで様子見の日々です、すみません。
 いかんともしがたいヲタのはずだった私もすっかりTVのアニメを見ず、というか、そもそも民放をむちゃくちゃ見なくなり、つけてるTVのおそらく八割近くがNHKです。NHKけっ、という人はたぶんそもそもTV見てない人じゃないかと思われ。だって、それで他に民放の何を見るのかと思うくらいこー。予算削減のあおりなんだか、一部の良心的な番組と冴えたバラエティ以外はこれってものはないですよねえ…。<と、見てないやつが言うな。

 そんなわけで来年も引き続きNHKの回し者化していく所存のわたくしが年末に見て燃え燃えになったのがハイビジョン特集「出動 空飛ぶ消防士」。11月に「Wonder×Wonder」でやったものの長尺版と言いましょうか。シベリアのタイガで起こる森林火災の消火に挑む消防士さんたちの特集です。
 これがもー! ザ・男の仕事!!! って感じで見てて燃えるし頭が下がる。
 森林火災は昔からあったものの、温暖化の影響か最近は全世界で発生件数が増え気味。夏のシベリアでは乾燥のために積乱雲の雨は地上に届かず、雷だけが森に落ちる「ドライライトニング」が多発して、これが森林火災を引き起こす。放っておけば莫大な面積が焼け野原になり、近隣の集落の暮らしに被害が及ぶ(延焼に巻き込まれるというだけでなく、森からの収穫が得られなくなる)。地球に酸素を供給する貴重な森林が失われることにも繋がり、これを鎮火するための消防隊がロシア各地に配置されているんだそう。
 初期消火に向かうチームは五人編成で、道路もなくヘリの着地スペースも確保できないことが多い場所だけに隊員たちはパラシュート降下で現場に向かう。わずかな平地は夏場にできた沼などのケースもあり、ぬかるみの中に着地して泥だらけになることも。大量の水や消火剤を運ぶのは不可能な火災現場での彼らの武器はチェンソーやスコップ。風向きや木々の生え具合から延焼の方向を見極め、地面に幅30cmの溝を掘っていく。初期消火であればこれで規模の拡大が防げるんだそう。でも、たった五人でひたすら溝を掘り続けるんですよ…。完全鎮火を見届けるまで仕事は続くので、いったん出動したら十日近く森の中で暮らすことも少なくなく、水を探し池で身体を洗い缶詰と乾燥食材などで食事を作る生活はなんだかサバイバル。
 しかも火災は増える一方で、一カ所の初期消火にめどが立ったとたんにまた別の現場に飛ばされることも多々。もちろん初期消火では間に合わないこともある。乾燥したタイガでは積もった落ち葉が腐って堆肥になりきれず、落ち葉の層になっていることもあり、ここと木の根を伝って火が地面を這い進んでいく。これもひたすら地面を掘り、見つけたわき水で一つ一つ鎮火。途方もなく気の長い肉体労働が続く。だから、出動の無い日には身体作りが欠かせません。
 ソ連時代はそれなりに厚遇で装備も賃金も仕事に見合っていたようだけど、ソ連崩壊後は予算の削減が続き、ヘリも機材も老朽化が進み、薄給に耐えかねて職場を去る人が増えたとのこと。でも、現場に残った人々は過酷な仕事にやり甲斐を見つけて、日々出動して行くのです。
 取材した部隊の無線係は精鋭パラシュート部隊隊長の奥さん。夫は隊配属間もない隊員時代に着地に失敗して大ケガをし、一年近くも病院で過ごしたことがあるのだとか。出動の多い夏の三ヶ月は家にもほとんど帰らないため、2人の子どもと家を守る。危険な仕事だし、本当は早く辞めてほしいと思うけれど、とおっしゃっていたけど、隊長の働きぶりからしてそれは叶わぬ望みのような…。

 とにかく「男ならこれを見て燃えろ!」と言いたくなる、すごい番組です。再放送を見かけたらぜひ。地上波のみの方は「Wonder×Wonder」版でも。
 ちなみに長い仕事から帰ってきた隊長と奥さんは固く抱擁。最後に垣間見えた夫婦のらぶらぶぶりも、過酷な仕事に立ち向かう夫への信頼と尊敬の成せる技でしょう(笑)。

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2009.11.19

「源氏物語」には向かない私

 そりゃあ世界に名だたる日本の古典ですから、私もことあるごとに源氏読んでみようかしら、と考えたものでした。
 数年おきに入門っぽい本を読んだりとか、解説的なTV番組を見たりとかしました。それで勢いついて、原典は無理としても現代語訳のどれかくらいは手にとってみたくなるんじゃないかと期待したもんですが。
 あかん。毎回むしろ源氏にいらっとして、「これは読めんわー」と苦笑いして終わるのです。源氏物語絵巻の修復過程を追ったドキュメントなんかはすごくおもしろかったんですけど。
 しかし性懲りもなく、先週今週と瀬戸内寂聴先生が源氏物語を男君たちの視点から語る番組を見ました。これってどうも、知る楽という教育番組でやったものの編集版だった模様。そして、やっぱり「ああ、こりゃあ私には向かない話だわ」と改めて噛みしめてしまったという。
 私の感覚はいかんともし難く「現代」なので、平安時代の人と価値観を共有するのはすごくむずかしいのは端から決まってますけども、さらに(乾いた心という故があるにせよ)恋愛を流れ歩く男なんて主人公にはもともと興味が限りなく低なのが性分なのですけども。
 栄耀栄華を極めながらも正妻を寝取られたり最愛の紫の上に先立たれたりして(どれもこれも身から出た錆としか言えんのだが)、晩年の源氏は人生の物悲しさを思うようなんだけども、そりゃそうだろと私はさらに思ってしまうのだ。だって、この人、地位と権力と財力を手に入れたけど、それに見合う何もしてないもんね。立派なお屋敷を立てて縁のある女性を引き取って住まわせたというけど、それって「私」の世界のことなのです。男が権力を手に入れる、それもよくしてくれた男としてのライバルを足蹴にしても上りつめるからには、その地位を使って何かを成し遂げるって展開でないと一気にそいつが凡人ちっくに感じちゃうんです。私の場合。
 男子一世の成し遂げるべき決意があって、そのための手段として地位や財力がある。
 仮に成り行きでその地位に就いたとしても、周囲との関わりの中で自分の成すべきポジションを見出す。
 歴史に残る男たちってそういうやつらです。私生活はしょーもなくても、不思議と「公」の世界に対しては抜群のセンスがあったりする。
 もちろん、権力と金に溺れて女にうつつを抜かして堕落のうちに人生を終える人もたくさんいるけど。それはそれで、また「物語」と割り切るならある種のおもしろみもあるだろうけど。
 光り輝く容姿と才能があると言われる男なら、それなりのことを成し遂げてくれないとねーと思っちゃうわけです。でなきゃ凡人じゃん。
 別に政治の世界でなくてもいい、美術や宗教の世界とか文化面を切り開いたっていいんです。でも、聞いても聞いても源氏の世界って「私」しかない。人の心模様の移り変わり、人の関わりの話なんですね。物語の主題が違うんだと言われたらそうなんだけど、だったら「私としては」あまり興味の持てない「物語」になっちゃうんですよねえ…。
 平安時代の女性にそういう視点を持った話を求めるのが無茶なのだけども。
 (当時なりの規模の)国のために、あるいは文化のために、何かを成して、でも没落する晩年を送り人としての弱さダメさをほの見せながら世を去る、みたいな話だったらそれなりに興味が持てたんだろうけどなあ。

 平安時代の生活や価値観等々を知る「文献」としては、おもしろいかもと思うけども。それだけじゃ読めないよなあ、あんな長い話。

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2009.11.04

「空気人形」を見ました

 体調は相変わらず今イチだったけど、いい加減上映終了しそうだったので。シネリーブルのスクリーンは何度見ても悲しいほどちっちゃい。シネテリエよりも座席がちゃんと傾斜しているから、前の人の頭で遮られない分よしとしなければ。

 これは大人のおとぎ話。なんだろう。だから、なぜとかどうしてとかどうやってとか考えちゃだめ。考えるような人は端から見に来ないだろうけど。
 あらすじを知ったときからいわゆるハッピーエンドにはならない物語なのは予想できてて、だからいつ空気人形の娘に破綻が訪れるのか、冒頭からはらはらしながら見ていた。最初の頃の、いかにも人形っぽくぎこちなくて子どもみたいな言動が少しずつ変わって、生き生きと楽しげなのが全身からあふれるようになればなるほど。
 ってゆーか、前評判で聞いていたが、監督どんだけペ・ドゥナが好きなんだ! と苦笑したくなるほどかわいく撮ってる。コスプレ服じゃなく、私服(どうやって入手したんだ、なんでこんなセンスいいんだ、てーか、なんでミニばっか?(笑)になってからがまた、無敵に愛らしくなっていく。確かもうアラサーな年の女優さんのはずなんだけど、かわいいとしか言いようがない。美人ではないと思うんだけど、無垢なかわいさがにじみ出てるというか。
 どーってことない大都市の狭間の、間口の小さな雑多な家々の、空き地同然の公園の、人工的に整地された海辺の、それでも切り取るときれいだと記憶される風景の数々。になるのは、空気人形の娘の目を通した世界だからなんだろう。
 ただの「人形」じゃなくて、始めから実用品で代用品として生まれてきた空気人形。持ち主の男もそういう人形なりに大事にしてるし、というか、そういう「人形」なんだからそれ以上どうしろと言われても困るよな。(昔の彼女に対する未練を綴ったブログをそういう人形に読まれるというのも、立場ない)でも心を持ってしまった人形にとっては、その「愛情」ではだめなわけで。
 それにしても、人間もどこか空っぽで彼女と変わりないんだというのはあくまで比喩であって、やっぱり人間と人形は違うから! なんとなく雰囲気で話すから、彼女が鵜呑みにしちゃってあんなことになるじゃないの! メルヒェンな言葉で自分が納得してるんじゃなくて、ちゃんと話してやれよー。
 アリエルが出てくるのはそういう意味だったのかと思った。人魚姫は人魚に戻るために王子を殺すのを拒否して海の泡になったのだけど、空気人形の娘はなんというか…。なんというか…。(ちゅーか、「リトル・マーメイド」はハッピーエンドだ、確か。なんてことだ)

 監督自身、これはえろいはずだと確信を持って撮ったという、やぶれて空気の抜けた彼女の身体に片思いしている青年が息を吹き込んでやるシーンはほんとに切なくてえろい。生なえろよりリリカルで切ないえろがある。
 そして、映画ファンには怒られるだろうけども、「人造人間キカイダー」のアニメ版でジローがミツコに修理してもらうシーンを思い出した。あれも意図的にえろい演出がしてあって、やっぱり切なかった。
 好きな相手に生死をゆだねるというのがえろに通じるのだろうか。

 R-15指定の映画を、そうなんだーと思って初めて見て、なるほどR-15なんだねー(^^;)と思った。一緒に見る相手によってはびみょーに気まずい。<一人で見ました。
 R-15に期待して見に行った二十歳未満の男の子たちは、心のない性の哀しさを空気人形の娘から感じ取るように。

 ふと思い出したけど、去年洋画でやっぱりリアルドールものがあったなあ。と思って検索。
 こっちはハートウォーミングでハッピーエンドみたいです。こっちも見てみようかしら。
ラースと、その彼女 (特別編) [DVD]

↑というわけで探してみた。「ラースと、その彼女」

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2009.02.21

こんな続編(?)が見たかったわけじゃ…

 TVで「スター・ウォーズ エピソード3」をやっているのをチラ見する。
 思えばこれ、劇場に見に行かなかったなあ。なので、初見なんである。でも、「見たい!」という情熱も無く。スター・ウォーズの前三作に関しては、エピソード2を見たときにすっかり興味が無くなったというか。「オレの見たかった『スター・ウォーズ』はこんな中途半端に小難しげな話じゃねーやっ」というか。
 最大の難点は主人公たるアナキン・スカイウォーカーに全く・全然・さっぱり共感しようがなかった点でした。この三部作ってアナキンがダース・ベイダーに堕ちていく悲劇みたいなもんが見どころじゃないかと思うんですが、それに興味持てなかったら見られんですよ。一作目はまだ子どもだったからいろいろ至らんところがあっても「子どもだもんね」と看過できたけど(べ。別にショタコンだからじゃないからねっ。子どもアナキンは好みだったけどね)、2くらいになるとさすがにオビワンに楯つきまくりの子どもっぽさが「なんだかなー」と違和感感じまくりで。若輩者なのに謙虚になれないのはあふれ出るジェダイとしての才能という余計な裏付けがあっちゃったからかもしれんが、それにしても若気の至り過ぎで見てて痛々しくてかなわんかったのである。この辺、いろいろ感じるとこがありつつも、ヨーダの修行に基本的には敬意を持って取り組んでたルークとの違いというとこでしょうか。
 あと、パドメとの恋愛模様がびみょーにカユくて。今回3見て思ったんだが、アナキンってほんとにパドメが好きだったのかしら? ジェダイは恋愛しちゃイケマセンっという制約があるもんだから、反抗期の子どものようにやっちゃいけないことをやってみた的なとこがあるんじゃないのう? でなきゃ、暗黒面に足を踏み入れたきっかけがパドメのためとか言ってるくせに、パドメの宇宙艇に密航していたオビワン見るなり裏切り者云々言ってあっさり首締めにかかるなんて短絡的な行動できんでしょ。いや、あれは暗黒面の影響なのかもだけどさ。ジェダイの命運と宇宙の危機がかかってるとはいえ、アナキンとオビワン、戦いだしたら気を失ってるパドメのことはすっかり忘れてるしよ。あんなマグマがどーどー流れてて建物溶けまくってる状況でどうなの?<C3POはなんらあてにしていないわたくし。
 アナキンとバドメの関係に揺るぎない深い情愛みたいなものを感じられたら、もちょっと物語のオチ方に説得力があったんたろうけど、なんかこー。若さ故の勢いなんじゃないの?(あと、パドメはアナキンの子どもっぽさに保護者的な感覚があったかもしれん)と思えて、どうにも納得いきません。 
 見どころはGC様のお力で大活躍するマスター・ヨーダくらいかなあ…。
 こう言ってはなんだけど、私個人は「スター・ウォーズ」に深い人間描写とか期待してないし、複雑な政治模様なんてものも要求しない。だって、一作目の4がああで、それがよかったんだもの。
 アナキンが悲劇の末にダース・ベイダーになり、様々な対立と戦いの果てにルークと和解して召されていこうとも、所詮そのすぐ側でイウォークが森の木陰でドンジャラホイな6につながっていくのだしさ。

 でも、これだけ虐殺されたのなら、エピソード6の邦題「ジェダイの復讐」も納得できる感じ。嵌められて修行中の子どもまで殺されてたら、そりゃ復讐したくもなるでしょう。(今は「ジェダイの帰還」に統一されてるらしいが)

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2009.02.16

なぜ宮迫

 最近のNHKスペシャルは世相を反映した内容のものだとどんよりと心寂しくなることが多く、ちょい避け気味でした。「沸騰都市」も世界的な不況に翻弄されながらもしぶとく元気に躍進する新興国などを取り上げていて、そのしたたかさに「ああ、日本は老成し切った斜陽の国となったのだな…」と時節柄先行きに暗いものを感じるため、途中をチラ見して終わること多々。
 しかし、最終回の「TOKYOモンスター」は何を血迷ったか近未来をイメージしたミニアニメをプロダクションI.Gに依頼したと聞き、それ目当てに視聴。何より日本が舞台になら「それに比べると日本の現状は…」というどんより感は味わわなくて済むだろうと思いまして。
 …なんか、東京すげー。そして、日本人もしたたか。経済界のトップな皆様、特に目利きの皆様は概ねそうなんでしょうが、すでにこの不況を抜けたときに向けて準備に余念がないんですね。でも、森ビル社長がオフィスから「あの辺を壊してここをこう…」と砂場のお城をどうこうするかのように東京の街並を語る姿は、人も物も山ほど詰まっている、そこにそれぞれの事情がある巨大都市であっても、こういう人たちにはジオラマと同じなんだなーとちょっと嘘寒い気分になりました。
 そして、東京の地下の過密ぶりと言ったら! あの地下鉄の入り込みぶり、各ビルの地下部や地下街の広さから想像はしていたけど、すでにかなりみっちり。首都高の地下トンネルのルートなんか、既存の地下施設の間をすり抜けるように走ってる。CGで見せられるとかっこいいけど(音楽の効果もあって、この回はみょーにパトレイバーちっく。とゆーか、「パトレイバー ザ・ムービー」をもろに思い出す)、地震の多い日本の地下をこんなにしちゃって大丈夫なんだろうか? と地方在住者は心配になってしまいます。
 しかし、こうやって日本はどんどん東京に一極集中していくのだろうか。最早伸び切るだけ伸び切って、あとは国として縮小していくだけだと思っていた日本にまだまだ活力やどん欲さや泥臭いしたたかさが残ってるのはなんとなく心強い気はしたけど、でも、生き残れる場所は限られてしまうのだな。きっと。
 もっとも、このシリーズの前半に取り上げたドバイなんか、今や番組に映っていた活気がどのくらい残ってるんだかって感じではありますが。たった一年でごらんの有様だよ。移ろうのは日本だけではありません。他にも激変したところがたくさんあるんだろうなあと思っていたら、「沸騰都市」のフォロー編がある模様。恐いもの見たさでたぶんチェックします。

 ところで、チラ見していたため全然気づいてなかったんですが、このシリーズ、ナレーションずっと雨上がりの宮迫さんなんでしょうか? (wiki見たら後半担当だった模様)こんなまじめな番組なのに、なぜこんなキャスティング。いや、宮迫さん、声はいいんだけどもさ。とゆーか、私は雨上がりの人としてより先にドラマで役者としての宮迫さんを見た人なんだけどさ。

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2009.02.11

なるほど石田衣良

 別に石田衣良の本を読んだわけではなく。
 今週のNHKBS2は延々手塚治虫の特集をやってます。全四回で、初日は全作品を大雑把に俯瞰し、昨日は主に「鉄腕アトム」を、今日は「ブラックジャック」を、明日は「火の鳥」を取り上げるそうで。番組内ではゲストを交えての作品や手塚本人に関するトークをする他、手塚マンガのアニメ化作品したものを数本流してます。初日に「鉄腕アトム」の最終回をやってるのを見ましたが、よく懐かしのTVアニメの名場面でアトムが地球を救うために太陽に向かって突っ込んでいくシーンをやってるけど、あそこに至るまであんなにいろんことがあったとは知らんかった。30分弱の枠に話詰め込み過ぎです。てゆーか、手塚先生、サービスのし過ぎや。
 しかし、こういう番組を見ていて、あまりに手塚せんせを持ち上げ過ぎてるというか、高く評価し過ぎてひいきの引き倒しみたいになってるように感じる私は意地が悪いのでしょうか。手塚先生だって人の子、マンガの才能は神様だったかもしれませんが、人間手塚治虫にはいろいろと欠点もあったし、作品の出来にだってムラがあるはず。それをこー、ことさらにありがたく作品を取り上げ、聖人君子のように語られてしまうと却って「なんだかなー」という気分になるのです。

 さて、この番組、メインの構成の他に、著名人に聞く私の好きな手塚作品、みたいなコーナーがあって、今日は石田衣良が「奇子」を取り上げてました。また変化球な作品を。そして、この作品を評して「松本清張のような、横溝正史のような」と言っていたのです。(ニュアンスね、正確な言い方はちと違いました)
 ぽむ。
 と膝を打つ。
 もしかしたら手塚せんせのことだから、ほんとに「最近小説でああいうのがおもしろいとされているが、俺だって、マンガにだって、ああいうのはやれるのだ」とか考えてやっちゃった話なのかもしれんと穿った見方をしてみたり。

 四月からは「週刊手塚治虫」と題して週一手塚マンガのアニメ作品などを流す枠ができるんだとか。
 思えば去年、「とことん石ノ森章太郎」をやったとき、「わー、まるまる一週間やるのか、すげーなー」と思ったけど、手塚は週刊で半年です。時間数にしてみれば13時間? と考えると、総時間数が劇的に違うわけじゃないが。30分番組だから、映画とかはやれぬという縛りはありますが、半年の番組枠をとったのがすごいなあと感じる。
 ということは、今年はあまり「とことん」企画はやらんのか>NHK。

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2009.02.06

とっすとっす

 今、夜中の映画で「マッハ!」をやってたんですが、打撃の効果音が「とっすとっす」と地味ーな音で却って痛そう。リアル吊ってない感あふれる画面と合わせて見ると、さらに効果倍増。骨も砕けてますよ! と言わんばかりの派手ででかい音よりも遥かに効果を感じるのは、これがCGなしスタントなしで売った「マッハ!」だからなんだろうなあ。(↓この「マッハ!」ね)

 効果音「がっしぼか」は論外(笑)。

 今週はジャッキー・チェンのえらく若いころの映画などもやってて(ユン・ピョウ久しぶりに見た)、ローカル映画枠は格闘技づいてた感じ。
 夜中に重いテーマの映画をやられるとうっかり見てどんよりな気分で寝る羽目になるから、アクション映画くらいの重さがちょうどいいのかも。

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2009.01.25

「ザ・ムーン」、見ました。

 ジョージ秋山のマンガじゃありません(笑)。
 NASAが秘蔵してきたフィルム初公開分を含むアポロ計画のドキュメンタリー映画、「ザ・ムーン」です。
 アポロに関する映像は、それはもういろんなものを見てきました。そして、見るたびに「なんてかっこいいんだろう!(主にロケット、周辺機械、打ち上げシーン含む)」「なんて荘厳なんだろう」「どうしてこんなに泣きたくなるんだろう」とバカの一つ覚えのように何度も何度も思ってきました。
 私はアポロ計画のリアルタイム体験者にはなれませんでした。でも、アポロに胸躍らせてきた先輩世代の興奮と熱狂と、なんと言うんだろう、生涯消えぬ憧れのような気持ちをシャワーのように浴びてきた気がします。おかげで小学生のとき、将来なりたいものという作文に「宇宙飛行士!」と書いて娘を女らしく育てたかった母を大きく落胆させ、現実の見えないドリーマーっぷりを心配されもしました。(同級生の女の子たちは年相応のリアリストで、先生とか看護婦(当時)とか手の届きそうな職業を書いていた)
 さして時間の経たないうちに、自分の才能のなさというか凡人ぶりを悟ったので、夢は早々に大きな夢のまま終わりましたが。
 けど、心の中の「遠くへ。もっと遠くへ。この足の立つ地表を離れた、遥か彼方を知りたい」という焦燥感みたいなものは、ずっとずっとくすぶり続けていたように思います。それが思春期の心境ってものかもしれませんが。
 その後、不況とか公害とか温暖化とか、いろんな厄介ごとが人間に降り掛かってきて、「科学」は失墜しました。今じゃあ私が子どものころにぴかぴかと光り輝いていたこの言葉は、場合によっては諸悪の根源みたいな扱われようです。なんだかすごく悲しい。
 科学は万能ではなく、「いいも悪いもリモコン次第」であり、様々な分野で人の手に余る問題を生み出し続けてます。それは私も知ってる。でも、その両面性を知った上で、あの世界にいる人たちは夢に届く力として使っていきたいと思ってるんじゃないかな。いや、もっと生臭い事情や野心でやってる人もいるだろうけどさ。
 遠くへ。もっと遠くへ。マクロの世界でも、ミクロの世界でも。可視の世界でも、不可視の世界でも。行ったことのない場所へ、見たことのない世界へ。そういう衝動が失われたら、人間って人間じゃなくなる気がするんですよ。いつかその座を別の何かに譲るまで、科学はそういう衝動の推進力であり続けるだろうと、恐ろしく文化系の脳しか持たん私は信じてるわけです。

 宇宙から見た地球は「美しい」という言葉が陳腐なくらいに美しい。距離が掴めない黒い広がりは、だからこそとんでもなく広くて遠い。そして、ぽかんと浮かぶ月の質感。
 これを見るたび、私はおろかだった子ども時代に一気に戻れる。説明とか条件とかこちゃこちゃした事情とか、そんなもんはいらんのです。

 と、ウルトラポエム(笑)なことを書かせるくらい、この映画の映像には力がありました。
 また、公園であの夜空を見たいな。まるで宇宙に放り出されたみたいに、月の遠さが感覚として感じ取れた夜空を。

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2009.01.20

回し者から一言

 今週金曜の午後11時、NHKの「解体新ショー」で空耳についての回の再放送があります。
 これが! 見てびっくり聞いてびっくりというか、自分の耳の(正確には脳の)ずぼらっぷりにあきれるネタなので、未見の方はぜひ見てみていただきたく。初めて見る人はきっと「えええー?」と思うはず。予備知識なしでご覧になることを強くお勧め。

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2009.01.16

ほんとになっちゃったよ、ままん

 以前うわさ話として聞いていた「カウボーイ・ビバップ」の実写映画化、ついにサンライズから正式にアナウンスが出ちゃったよ! キアヌ・リーブスがスパイク役で映画作っちゃうんだってよ!
 …キアヌって、今いくつよ? (笑)
 他の配役は未定だそうですが、思うにエドなんて実写でやれる役なんだろうか? あと、アインがコーギーでなかったら許されん(笑)。

 とか書いたけど、基本的にはあまり期待しない方針で。一応ナベシンさんや信本敬子さんが製作に関わることになってるけど、なにしろ作品より商品作る体質のハリウッド。よりマス受けしそうだと思えば原作など一蹴する改ざんが為されるのは「ドラゴンボール」を見れば一目瞭然なわけで。出来上がった映画が原作など見る影も無いものになるのは最早特に驚くことでもなくなってしまいました。
 トレーラーを見ての感想に、原作物という枠を外せばB級活劇映画としてそこそこ評価できる出来ではないか? ちゅーのがありましたが、それを言うたら原作物である意味ないじゃん!>実写版「ドラゴンボール」。
 ヲチネタとして、実写版「ドラゴンボール」の公開が楽しみで仕方ありません。どのくらい集客するんだか。というか、よくあれを日本で公開する勇気があるな。もしかしたら、ネタとして見る観客が意外といて、興行収益が伸びたり…まではしないか。<本人、まったく行く気なし。あれを見るくらいなら、実写版「ヤッターマン」を見ます。自爆するならとことん砕け散るかどうにもならない不発弾の方が潔いです。「B級活劇としてなら」なんて逃げ道はいりません。

 なんて、自虐まで突っ込むくらい出来はあてにしてないのに…。生コーギーが出たら見に行っちゃいそうです>実写版「カウボーイ・ビバップ」。

 ところで、近々公開予定の春麗主役の「ストリート・ファイター」実写版映画で仲里依紗が春麗の吹き替えを担当するそうですが、私の脳内では仲里依紗の声 = 「時をかける少女」の真琴の突き抜けたバカ娘っぷりが刷り込まれているので、どーしても春麗がイメージできなかったりするのである。

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