« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

ファステスト・デリバリー

 えっ、なんでままま、マクロスがガリア4にーーー?<初代のことです。
 わたくし、「7」見てないんで、この世界で初代の艦がどうなったか、まったく知らんのです。(「7」でも不明のままかもしらんけど)一条輝は何ぞの任務の途中で行方不明になったとwikiで読みましたが。(これは声優の長谷さん対策?)
 来週のタイトルがまたまた思わせぶりです。ってことは、あれはほんとに初代マクロスなのか? 計画的にシェリルがガリア4に送り込まれたのは、ゼントラ軍の反乱対策というよりそっちに理由があったのかも…。折り返しにさしかかって、思わせぶりが多いのう。
 しかし、二週貯めたので今回はロボ戦多めになるかと思ったら、意外と少ない…。てゆーか、冒頭でいきなり反乱軍とこう着状態になっちゃって、派手な戦闘はなさげな雰囲気に。ちっ、こりゃ空振りか? とがっかりしかかったところで、反乱軍リーダーとメサイアの空中戦が始まってちょっとほっとしました。(量的には不足だけど)古ロボアニメ好きとしては、やはり比較対象物のある地上での戦闘の方がなじみがいいというか、絵的にカッコよく見えます。モデルのデザインもはっきり見えて、満足度高し。空気抵抗がある方がロボの動きに緩急が出ていいのかもしれん。こうやってみると、メサイア思ったよりかっこいい。
 しかし、あの名前忘れた反乱軍のリーダーの人も運が悪いというか、アルトのヤバスイッチを押す一言を言ってしまったがために命を落とす羽目に…。この坊やは逆上すると何をしでかすかわからんタマなんですって! というか、発現ベクトルは間違ってるっぽいけど、逆上時に異様な才能を示す傾向がありますのですって!
 彼も結局「G」に乗せられた単細胞のようで、ある意味犠牲者なのかも。でも、宇宙は二種類の生き物が生きられるほど広くはない、なんて、それはSF読みには聞き逃せない悲しすぎるご意見ですよ! 宇宙にいるのは我々だけかい?
 こんなふうに考えてしまうのは、地球人類とゼントラーディが同じ知的生命体の介入を受けてるからかもしらん。感覚が似てるから、却って小さな差異のある存在を煙たく感じると言うか。

 えーと。先行放送地域でシェリル肩入れ派の皆さんが軒並み意気消沈している理由がたいへんよくわかりました。
 てゆーか、わたくし、12話を見て自分がここまでヘコむとは思いませんでした……。いかん、いつの間にかちょっとシェリル寄りが大幅にシェリル寄りになってるわ。
 今までが何かとランカにつらい展開続きだったんでいつか盛り返すときが来るんだろうな、なんたって「ちょー銀河らぶすとーりー」なんだしさっと思っちゃいたけど、ここまで徹底的に出番がないとねえ(^^;)。グレイスまでとどめ刺すようなことをガンガン言うし。あれ、意図的か?
 シェリルはプロであることに誇りを持っていたから、体調管理ができなくて仕事に穴を空けただけでもものすごいショックだろうなと思うわけです。その上、自分の空けた穴をデビューライブを翌日に控えたランカがあえて駆けつけて埋めてくれて(ランカ的にはシェリルのためではなくアルトのためなんだけども)、しかもあの観客の熱狂ぶりを間近で感じ取れば、病気よりも打ちのめされるだろうなと。
 とか考えちゃうとさ。毎度歌を絡めた演出の気持ちよさは鉄板ではあるけど、そうそうお気楽に「きらっ☆」とか言ってらんないんですよおぉお。
 11話とセットで見てしまうと、さりげに罠をはったライバルのお姉様に彼を奪取されたものの、遠い星で危機に陥った彼のために大事なデビューライブを反古にする危険を冒して、命をかけてガリア4へ飛んだランカは彼を窮地から救い、ついに自分の気持ちを彼に告げるのでした。(気持ちって、「誕生日おめでとう」って言うだけなんだけどさ)って、きれいな展開になってるんですよね。いやー、まいったな。ははは。
 やっぱりあれね、ストレートなけなげさって十代男子には胸きゅんよね…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Sunset Flight

 こんなのはニセモノの空だって、あいつはあきれていたけど。
 そんなの知ってるわ。鮮やかな赤も藍色に移っていく深い紫も、天気なんか関係ない宇宙船の居住区にふりまかれた粒子スクリーンに映し出された映画みたいなもの。でも自然が作ったものでも人が作ったものでも、きれいなものはきれいじゃない? それに、あの空をきれいだと思った私の気持ちはホンモノ。

 だって、ギャラクシーには空なんかなかったもの。森も海も、公園ですらあの船には作る必要がなかった。見たい景色ならネットワークに記録された地球の姿を引き出して、視神経に直接ダウンロードすればいい。においや感触さえも、インプラントを通じて五感に送り込むことができたんだから。
 みんな好き勝手に、自分の見たい景色を見て行きたい場所を感じることができた。生身のままの私には、とても無理だったけど。

 でも、そんなのつまらないと思わない? 私のライブに来た子たちはみんな一緒に私の歌を聴く。同じ場所で同じ空気を吸って、見知らぬたくさんの誰か二度とない熱い時間を過ごすの。それでなきゃ手に入らない記憶を、私はみんなと共に得る。その記憶の積み重ねが今の私を作ったと、私は胸を張って言える。

 あの夕焼けを描いた人は、きっとすてきな空を見てきたのね。自分の見た空のすばらしさを誰かに伝えたくて、あの色を作り出したのよ。忘れられない記憶ほど、誰かに伝えたくなる。わかってほしくなる。最高だと感じたものは誰かと共有したくなるものなのよ。一人でこっそり味わうのではなくてね。
 私の歌の記憶も、ライブに来た誰かにとってそんなふうになればって思うわ。
 そして、誰かと一緒だったからこそ忘れられない記憶にあの空がなればいいって願ってるのは、誰にも言わない。

                    From ハイスクール・クイーン

 感想書くために見直したついでに小話を一つ。
 ありがちな話ですいません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

謎なこととわかったこと

 毎回見れば見るほど不思議になるのが「こんなに鈍なアルトが、若くして伝統芸能の世界でそれなりの評価を得ていたってホント?」ってことです。だって、あの鈍さ、あの直情、あの幼さ。とても繊細な演技なんかできそうにないです。あんなに人の気持ちに(特に女心に(笑)疎くて、女形が勤まるんでしょうか。女形が勤まるのと女の気持ちがわかるというのは全く別のことなんでしょうか。
 でも、よく考えてみると、北島マヤだってプライベートでは人の気持ちをちゃんと汲めてるとは思えないしなー。<役者の基準は北島マヤか?
 野生のカンが努力をしのぐこともあるみたいだしなー。
 パイロットとしてのアルトも野生のカンで能力を発揮してるようなので、役者の方も理論とか解釈とかでなく役者としての天性のカンでやってるのであろう。と無理やり納得。(それが血筋の呪いというものか)

 役者としてのアルトの才能についてはさっぱりわからないけど、幼少時にどこで育ったかは11話でうっすらわかった。幼少時に紙飛行機を飛ばした空は移民船団のものだったから、物心ついたときから船暮らしだったわけか。それじゃあ、「大気のある本物の空」と言われたら大きく心が動くのも致し方なく。子どものころの記憶で母親とおぼしき女性が一緒だったことや、違和感あふれるモロお守りを持ち歩いていることからも、アルトが空を飛びたいと思ったのには父親や家業への反発以外の理由もあるっぽい。

 あと、あのブレラの手下(?)と思われるみどり色の生き物が「あい君」なら、アイモってあの生き物のことなのかしら。「お前はやさしいみどりの子」だし。
 なんかもー、毎回謎小出しにされてて、次週が遠いですよ。とりあえず今出てる分だけでもまとめた設定資料集とかほしい。かなりまぢで。<アニメ誌たりとも買っていないおまいが何を言う。
 これだけ振ってて、謎の拾い損ないが出たらかなり消化不良になりますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ミッシング・バースディ

 わー、今週もロボ出ねぇえー。…そんな予感はがっつりあったけど。
 その代わり、何? このサービスカットの多さ(笑)。シェリルってばスク水(スク水だよな、あれ)披露した上に無駄に舞台裏で下着姿をさらしてるし、谷間までサービスサービス。そして、キャシーとミニクランのシャワーシーンとか(別にシャワーブースでやらなくてもいい会話)、ナナちゃんの水着姿やや上からショットとか、ああ、この番組っていちおーメイン視聴者男性想定なんだな、と思い出させられるカット満載。なんか恋愛恋愛ーって、そっち方面の話が濃いめにあるもんだから、脳内でこれは娘向き番組のように解釈しつつありました。<だったら端からロボなんか出さねえって。
 ああ、9話でランカがキャンペーン衣装でスク水着てたけど、ここで披露できない代わりだったのか?<そんなばかな。

 映画一本であっという間に時の人になってるランカ。そんなにヒットしたのか、映画。新人だから一気に波に乗せて行こうってことなのか多忙を極める日々に突入してて、うれしいはずなのにちょいブルーなのは恋する乙女だからでしょうか。
 乙女としての気持ちはわからぬでもない。<ほんとか。でも、「恋」(未満?)の気持ちは多めに書かれてるのに、歌を歌える喜びの方がちょいないがしろになってるのがなあ。心配性の兄ちゃんぶっちぎってげーのー界入りしたのだから、そっちのしあわせの部分もも少し書かれてもいい気が。
 てゆーか、オズマはほんとにランカが大事なんだなあ。妹にして暮らし始めて何年経つのかわからないけれど、ランカがヨメにいくと言い出したら泣きそうですよ、この人は。その前に相手をのすか。こんな兄貴がいてくれるしあわせは、でも手元にあるうちはわからないものなのだよね。

 ルカを助けに行った一件からもバレバレだけどアルトって後先考えずに行動を起こすタイプで、例の映画のスタントを引き受けたのも同じようなもんで。(シナリオちゃんと読んでもいなかったし)だから本人はたぶん「演じる」ことへの自覚は全くなく、やった後の自分の気持ちにも無頓着だったんだろうなあ。見る人が見れば本人が芝居がきらいなわけじゃないんだとわかってしまうんだろうし、その上どうも才能もそれなりにあるようだし(あの鈍感がさつな性格でどうして繊細な芝居ができるのか、心の底から謎)、成り行きで血族でもないのに家門を継ぐことになった兄弟子にしてみればいろいろと心乱される存在なんだろう。
 あの年頃、本人のことは本人よりも端から見る方がよくわかるのだったり。
 ただ、パイロットになりたいという思いだって現実逃避100%から来たのではないはずで、しかもそっちの方にもそこそこの才能があるらしいってのが質が悪い。
 男の子というのはおおむね女の子よりも精神年齢が幼いものです。矢三郎さんに指摘されて初めて「俺ってもしかして?」で動揺しまくりのアルトには、だからシェリルの「本物の空で飛ばせてあげる」という誘いは、自分の「飛ぶ」ことへの思いを再確認する大きなチャンスのように思えたんだろう。毎度毎度ミハエルに言われてはいたが俺って本当に「半端なやつ」なのか? と。そうじゃない自分を見極めなくては、と。そんなわけで誕生日イベントなんてーものに無頓着男子は、無粋なことにランカとの約束にはミハエルに代理で「ごめーん」を言いに行かせ(ミハエルは貴重な「わかってる」男子だから気まずかったろうなあ)、シェリルのもらした本音の感謝すらもちゃんと聞き取ることもできず。
 でも、アルトが役者からパイロットに転向すると決めたのは15才。その年頃で親に反旗を翻して我を通すのは、それなりに勇気が必要だったはず。初めて親の言いなりじゃなく自分で決めたことを押し通した、そう信じていたことを「演じてる」と言われたら、それなりにショックじゃないですかね? この数年を全否定されたも同然なんだから。
 自分でいっぱいいっぱいの十代男子。こんなんを好きになる女子はやっぱたいへんだけど、それも青春の特権というものさ。まっただ中には死ぬほどつらいと思った恋でも、後から振り返ると「あのころしかできなかったんだ」と懐かしく思う日が来るんだから。<断言しますか。
 気になるのは、あの映画のスタントとしてアルトはクレジットされてるんでしょうか? それなりに知る人ぞ知る存在のようなんで、オープンにしたらいろいろとうるさそうなんですが。

 シェリル的にキツいのは、どうやら本格的にグレイスがバジュラを使っている陣営の人間だとあらわになってきたこと。ガリア4にギャラクシーの生き残りがいるなんて聞かせたらシェリルが絶対に行くと言い出すのは、グレイスとしては織り込み済みなんだろうし。もしかして、そもそもフロンティアにライブに来たのだって仕組まれた展開なのやもしれず。
 天涯孤独っぽいシェリルにはグレイスがたった一人の身近な存在だろうに、裏切られてるとか利用されてるとかってのだったらちとかわいそ過ぎる。

 しかし、この展開、ランカスキーにはシェリルめっちゃ恨まれますね。てゆーか、何も知らずにたまたまこの回見た人ならどう考えても切ないティーンの片思いしてるランカ視点になるし、となると、上から割り込むようにしてせっかくの誕生日イベントを台無しにしてアルトをかっさらっていったシェリルが悪役です。いや、シェリルにはそんなつもりはないと思うよ…。あいつって呼ぶのもシェリルの性格によるもので、特別な関係だってあてつけようって気もないし。行くと決めはしたものの、体調不良の弱気が「アルトが一緒に来てくれたらな」とふと思わせてしまったのだろうと。<シェリルひいきの目線ですか。
 初めて本格的に男の子を好きになりましたっ、でも相手が鈍感で私も不器用でなかなか進展しないんですぅ、つらいんですぅ…という実体験アリな人にはど真ん中ストライクにランカに感情移入できそうな今回の話。すれ違いっぷりとかライバル(シェリル)の立ち回りっぷりとか、最後に初めて手作りのクッキー焼いてきて、でも相手に用事があって渡せなくて(しかもそれはライバル絡みの用)、一人で食べるクッキーの味は「にがっ…」って展開はもー、でき過ぎってくらい片思い切なーい展開の極みです。初めて作った人にあげるものを味見もしてないというのはあり得ないので(たぶん)、最後の「にがっ…」はほんとの味じゃなくて主観ですよね。
 でも、全26話だとしたらまだ半分もきてないし、この時点でできあがりムードにはどっちもなれないんですよ。つらいのはランカだけじゃないんで許してやってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「世界」がない! その2

 空を飛びたいと初めて思ったのは、いつのころだったろう。

 子どものころの俺は毎日が家と稽古場の往復で、どんな天気の日も兄弟子に手を引かれてなじんだ道を歩いた。親父の稽古は幼い頃から手加減知らずで、家でも立ち居振る舞いをきびしくしつけられた。日頃の言動が何気ない芝居に出るものだからって。
 ふつうの子どもがどんな暮らしをしているか、全然知らなかった。周りは大人ばかりで。
 学校に通い始めて、ようやく同じ年頃の子と話すようになった。母親に対する無邪気な愛情。兄弟とのケンカ。家族で過ごす休日。俺とはまるで縁のない、ふしぎな生活がそこにあった。俺とは誰も話が合わない。そもそも学校が引けたらすぐに、また稽古場に行かなきゃならなかった。遊びにいこうと誘われるのが、断るしかない俺にはつらかった。
 いつの間にか、俺はクラスで浮いていた。
 しかたがない。俺みたいな口調でしゃべるやつはひとりもいなかったし、ゲームもマンガも、スポーツのルールもろくに知らない俺だったから。

 夏休み前のじりじりと暑い放課後、いつものように学校で迎えに来るはずの兄弟子を待っていたときだった。
 グランドの隅でぼんやり空を見ていた。ケガをしたらいけないからと鉄棒も木登りもキャッチボールも大人の目のないところでやるのは許されず、そんな俺の時間つぶしはだから、本を読むか空を眺めることくらいしかなかった。雨の日も風の日も、俺はよく空を見上げた。空の色がすかんと抜けてかさのある高い雲が出始めたら夏だ。そういうこともだんだんわかるようになっていた。
 つかめそうに濃く白い雲が、どっしりと空に向かってのびていく。どこまでも、果てのない空に。
 ああ、いいな、と思った。背負ったリュックを枕にして、俺は形もないくせに力強い雲のてっぺんをひたすらに追いかけていた。

 あの雲も届かない、青の先には何があるんだろう。
 色があるのに手に触れるものが何もない、そんな場所に行ってみたいと思った。
 雲を突き抜けてどこまでも遠くの、しんとした青の中を漂ってみたい気がした。
 飛ぶってことでそれが実現できると知ったのは、もう少し後のことだ。

                      Alto's monologue


 とか妄想するとするじゃないですか。
 しかし、気になるのはここでアルトが見上げてる空ってどこの空よ? ってことで。フロンティアならたぶん、3Dなスクリーンかなにかに映し出された空で、それがニセモノだということ、果てがあるものだってことをそのうちアルトは知るわけです。
 もし地球の空なら、それはもう二度と戻ることのない、見ることの叶わない空ってことになります。
 この違いは大きい。妄想してみる側としては。
 周りの人がそれをどう、アルトに伝えていたかも気になります。それで価値観ができていくわけだし。
 という情報がないのが、二次とかに気持ちが進みにくい気分的理由なのかな。キャラの立ってる足下が見えないと、限りないでっち上げは私にはやりにくい。

 それ以前に伝統芸能界の方々の育ち方ってのもわかんないのだけども。(まるきり想像で書いたから、詳しい人はノー突っ込みで)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルトくん

 おばさんなので気になることが一つ。
 ランカってアルトのことを「アルトくん」って呼ぶんだよね。「いじわるだね、アルトくん…」とか。
 ランカは15才、アルトは17才のはず。<設定とかオフィシャルサイトの記事とwikiに書いてあることしか知らない。このお年頃で二つ違いって結構大きくないですか? 高校だったら一年生と三年生だ。大学受験とか本気で取り組んでる三年生の先輩って、ほんとオトナに見えたりしたけどな。(ほんとのところはオトナなんてとんでもねぇえーってことは、さらに十くらい年取ったときにわかった)そんな先輩の方々をとても「くん」づけでは呼べなかったよ、当時の私は。
 最近の若い衆はタメ口文化だからこんなもんなのかしら。
 でも、天然っぽいとこはありながらも、オズマのしつけも行き届き、お嬢様学校に通わされていたランカだから、顔見知りになるなりあっさり「くん」づけに移行するのもどうかなと思ったり。
 年寄りの感覚なのかのう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「マクロスゼロ」鑑賞完了 その2

 長くなったので二分割。
 物語の舞台作りに関しては、↓のように「ちょっとなー」感があったんですが、キャラの肉づけとかはわりと納得。
 特にサラは最初デザインが地味なこともあって「うわー、この子がヒロインかー」って感じがあったけど、なんで必死に巫女やってるのかがわかったあたりからキャラとして深みが出たし、シンが惚れるのもなるほどねな流れに。お姉ちゃんとはいえまだ十代なのに、一人でいろんなこと背負ってきて痛々しい子です。最後はものすごい超科学の兵器まで背負わされるし。
 逆にマオは一ステップ足りない感があって、それはちゃんとお姉ちゃんと向き合って反発から理解に移る過程がないから。爆撃の衝撃による退行がきっかけになるんじゃなく、伝統に固執してマオを島と血筋に縛ろうとしたサラの本心を正面から関わることで受け入れる流れが欲しかったなあ。ローティーンではあるけど、シンの気持ちは承知の上でキスを仕掛けたりするオマセな部分もある子なんだからさ。
 シンとフォッカーのライバル役二人は、末路がしょぼい気が。特にノーラはあれだけシンと絡んでおきながらあの死に方はどうなの? シンは特に秀でたパイロットではなさげだったからまともに戦わせて勝たせる方がうそっぽいと判断されたのかもしらんけど、もうちょっと二人の戦いがありましたっ、という歯ごたえを見せてからでもよかったのでは。それに比べるとD.Dは、上から目線のときは強気で余裕もあるけど劣勢に置かれたり感情に引っ張られるとだめだめなのね、みたいな納得のしようもなくはない。
 ノーラという存在がないと、統合軍にも反統合同盟軍にも正義などない戦争なんだという構図がわかりにくくなっちゃうけど、下っ端のパイロットを統合軍の代表のように罵倒してもなー、とも思い。シンのパイロットになるまでの生い立ちはわからないけど、親をなくして動乱の中で食うために所属など深く考えたこともなく軍入りしたような感じだし。別に統合軍に正しさを見いだしてパイロットやってるわけじゃなさそうだから。

 しかし、主役二人は最後どうなっちゃったんでしょうね。二人して消息不明っぽいんですが、後世に伝記が残ってるというのはどんな経緯。エドガーあたりとかから話を収集して回ったのでしょうか。(フロンティアの時代にあんな映画が作れちゃうわけだから)
 というか、生き残ったマヤン島の人々は荒廃した島に戻ったのでしょうか。戻ったとしても、その後ゼントラーディとの戦いを経て人類は全宇宙への移民の歴史に入るわけですが。このいささか出来のアレな魚の人の末裔が宇宙に広がることについて、鳥の人はどんな気持ちになるのか、知りたいところです。

 さて、時代は下ってフロンティア。
 ゼロを見てざっくりざっくり現時点で予想すると、バジュラは鳥の人のテクノロジーを流用して作ってあって、ランカはマヤンの巫女の血を引いている。だからランカの歌にバジュラは反応するのだ、ってなところでしょうか。かすってるかどうか、自信なんてものはカケラもありませんけど。
 ちゅーか、やっぱり10話のEDの演出、「アイモ」との相乗効果で気持ちよすぎました。オリジナルを見て、なんとなく感じる物足りなさ…。問題だ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「マクロスゼロ」鑑賞完了 その1

 ごめん、監督! 俺、監督の言いたいことがよく理解できなかったよ…。
 つまりマヤン島に残された首のない鳥の人は、人類に干渉して知的進化を促した大元の鳥の人が干渉後の進化結果が芳しくなかったときにその末裔を一掃するために残した時限装置であったと。マヤン島の巫女の血筋はその装置を作動させるために残された人類の進化センサーであったというふうに解釈するのが無難?
 進化失敗作とか他星の生命体にとって有害な生き物だからという理由で地球の人類を始末しよっかなー? 的物語は一種の定番ではあるので、無茶でも斬新でもないネタなのですが、私が「?」と感じたのはこの話にそのネタを突っ込む意味がよくわからなかったからなのですね。地球人類という種に問題があるときに発動する自滅装置が物語に導入されるのは、ざっくり言うと「でも、人間だって捨てたものじゃないのでは?」というテーマ、もしくは「人間とは救い難い生き物よのう」というテーマが物語にあるときだというのが私の感覚なんだけど、「マクロスゼロ」はどっちにも行かないんだよな…。じゃあ、他の新たな意味が提示されてるかというとそうでもないしな…。
 この辺のすっきりしない感の原因は、アリエスというキャラがうまく機能してないことにあるような気が。この人の文化人類学者というキャラとしてのお仕事は「人類プロトカルチャー仮説」とはどんなものかを視聴者に説明しつつ、それをこの世界のこの時代の人がどう思っているかのものさしになることだと思うんだけど、その辺がうまく伝わってきてない。彼女がエイフォスにこだわる理由が自分たちの手に入らない場合はマヤン島ごとエイフォスを破壊するという統合軍の計画を阻止することにあるのはいいとしても、それ以前になんでハスフォード博士に師事したいと思ったんだかが描かれてないんでアリエスの立ち位置が見えてこないんです。「人類発祥の謎を解き明かしたい!」という学者の好奇心だけなのか? 異星からもたらされたオーバーテクノロジーを奪い合い戦争状態にある、そんな人間を今の形に進化させた存在をアリエスはどう思っていたのか、それがよくわからないから、死に臨んだハスフォード博士の「新たにやり直すためにはその前段階は一掃しなくてはならない」という言葉に、「それ以外の道はないのでしょうか?」と彼女が言い返してもあんまり重みもないというか。
 ハスフォード博士っちゅー人もよくわかんないんだけども。なんで反統合同盟軍についたんだろう。鳥の人に滅びの歌を歌わせるのに執着したのは、いつまで経っても愚かっぷりを示す人類がいやんになったとか、地球という大きな視点で見たときに人類を犠牲にしても「やり直し」が必要だと感じて鳥の人による人類の滅びを望んだとか、そんな感じなのかなあ? と愚考しましたが決め手もなく。

 そういう土台のところがよくわからない上に話が積まれているので、最後の鳥の人の発動とその収束で物語がすっきりオチた感がないんです。サラが鳥の人とシンクロしたのはシンが死んでしまったと絶望し、それをもたらしたカドゥンの消滅を望んだせいだとして、だから生きていたシンが自分の心の暴走を止められるものと信じて命がけで自分の元に来てくれたことに「個」を取り戻すのは、サラとシンの物語としてはありなんだけど、鳥の人はそんなもんで発動したり止めたりできるようなもんでいいのかと。巫女の「個」の感情で動いたり止まったりするものに何万年だかという時間を越えて種の見張りをさせといていいのかと。せっかくでっかく「人類発祥に関わる謎」なんて風呂敷広げたのに、こじんまりとした感というか「オレ」視界内で決着する話になっちゃってなんだかなー、というか。
 いや、まあ、監督は「人類とは」「その行く末とは」みたいな荒唐無稽な話をやりたかったわけじゃないんだろうけどさ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「マクロスゼロ」鑑賞中 その1

 …なんかすごくまじめな話でびっくりだ。
 もう何年どころでなく見直してない初代って、わりとのほほんというか、リアル戦争! という雰囲気があまりない話だという印象だったんで、統合戦争があんなまぢシビアな世界戦争だったというのがなんとなくしっくりこない…。初代がこの事件の一年後という設定なら、輝やミンメイも、年代的にはこの話の主人公の工藤シンとさほど変わらない体験をしてるはずなんだが。戦争してる世界で育った影とか感じられない性格づけだよなあ。まあ、この話の方が後から出てきたわけだから、あえて初代との関連を取らない作りにしたってことになるんだけど。
 フォッカーさんのデザインが思い切り美樹本絵と違ってて、それもなんだか。思い切りがいいと言うべきか。
 そんなことをいうと、初代 → 7 → Fと、どれもキャラ絵の方向性が違ってて、同じ年表の上に住んでる「人間」がこれでいいのか? って話になってしまうけど。そんなことに厳密性なんか特に求めてもしょうがないけど。
 CGロボの絵面はまだ過渡期って感じ。質感が人間とは全然違ってて、メカシーンと人シーンのなじみが今ひとつよくない。ただ、演出に板野さんが噛んでるせいか、メインメカ視点でちゃんと止まった構図が出てくるからメカのかっこよさがわかりやすい。
 これ見てFのメカの魅せ方がいまいちだなー、と感じるわけがちょっとわかった。視点のあるメカは「見てる」からってフレームの外にいてばっかりじゃいけないんだ。Fは見てるパイロットの視界でロボシーンを描くから、止まったメカの絵が出てきづらい。もしくは、トメで出るときは外から目線。印象に残るかっこいいメカの構図を出すには、視点パイロットの乗ってる機体を手前にトメで置く。そうすると、見てる方にもメカに「乗ってる」感がありつつ、自機の姿がちゃんと見える絵になるし、遠くでちらちら動き回るロボばかりにならない。あと、止めるときはちょっと主メカのフォルムを誇張して描く(笑)。こればっかやると画面が嘘っぽくなるだろうからバランスがむずかしいけど、Fはもちょっと増やしてもいい気がした。

 話は、とりあえず二話めまでなので。だいたいやりたい方向性はわかったけど、キャラ絵の傾向も含めて地味な作品だなあ。マクロスと言えば歌ってことになるけど、今回は今風ではなく伝承の古謡だし、恋愛は三角になるとしたらヒロインの妹くらいしか増える要素がない。しかし、あの妹が本格参戦したら、年齢的にクラン・クランなみのヤバさではないか。全五話のOVAだからそんなにややこしい人間関係をやっていたら話の収集がつかなくなるし、このくらいが妥当なのかも。
 巫女さんがまっぱーで泉で歌うというのは、いわゆる一つのお約束なのだろうか。

 シンが島に流れ着いてサラに初めて会うシーンあたりが、Fの映画とまったく同じなわけね。これは事前にゼロを見ていた人には「をををっ」な作りになってたわけだ。事前に見てなくて、ほんとに惜しいことをしたわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キャラを積み上げる

 ばかね、あの子。演技なんかできないとか、役の気持ちがわからないとか、そんなのただの言い訳でしょ?
 歌を歌いたい、誰かに聞いてほしい、そう思う気持ちが本物なら、転がり込んできたチャンスはどんなちっぽけなものでもつかまなくちゃ。そうでなきゃ、人の心を動かす歌なんか歌えやしないんだから。
 …あなたごときが、このシェリル・ノームに遠慮するなんて十年早いのよ。さあ、一つあなたにお手本を見せてあげるわ。このどうしようもない鈍感アルトを相手役にしてね。そうしたら、あなただって踏ん切りがつくってものでしょ?
 そうよ、それだけ。それだけのことなんだから。

               From 「レジェンド・オブ・ゼロ」


 私どもにできるのは、毎週毎週の放送を見て「この子ってどんな子?」と想像することくらいでして、脚本の人とか監督の人とかがほんとのところどんな意図で様々なシーンを作ってるんだかなんてわかんないことなのです。そのとき、彼とか彼女とかが実際に内心何を考えていたのか、なんてのは。(雑誌とかで語ってくれれば別だが、私、ただいまそっち方面の情報は皆無)
 でも、よく出来な話だったら、話数を積み上げていくうちにだいたいそれぞれのキャラの姿というのがいい感じに固まってくるはずで、それを元に見てる方が行間の気持ちをいろいろ想像できるようになってくる。描写が足りなくて妄想しないと行間がスカスカでやってらんないわーって作品もあるけど、そういうのじゃなくて、見てると勝手にキャラの内心の声が聞こえてくる、みたいな。<それも妄想だよ!
 「世界」的には描写が足りてないと感じることが多い「マクロスF」だけど、主役含む周辺部のキャラの描写に関しては、空いた行間も程よく内心の声を追っかけられる感じになってきました。まー、なんだって超時空ラブストーリー! ですから。キャラが描けてないんじゃラブも乗り気になれません。

 そんなわけで、10話のランカとシェリル。マオ役に抜擢されたランカが役を受けるのをためらう気持ちには、劇中で本人が言うとおり歌ならともかく演技は無理、とか、そもそも役の気持ちもわからないのになり切るなんて…という困惑もあるだろうけど、いくら台本にあるからってシェリルを出し抜いてアルトにキスするなんてずるいじゃないって思ってんじゃないかな、と想像したりしたわけです。まっすぐけなげでちょっと要領悪げなランカだから、シェリルの気持ちにも気づいているランカだから、そんなふうにも考えて、監督の言葉に二の足を踏んでいる。
 で、本人の語る生い立ちから推測するに、底辺から勝ち上がってきたシェリルにはそんなランカのためらいも透けて見えてるんじゃないかなーと。
 もちろん、気になる男が彼を思ってる女の子と芝居の上とはいえキスするなんて、心がざわめかないはずがない。その動揺もありつつも、目の前にぶら下がった人参にはちゃんと食いつきなさいよ! という先輩としてのじれったさもあり。
 とかって、様々な感情があのときのシェリルの中ではぐるぐるしてたように見えるのです。ちゃんと階段を上ってきたランカに手を差し伸べる10話ラストの姿を見るにつけて。
 そういう、素直でなく複雑な「シェリル」というキャラがおもしろいなー、と思ってしまうので、ランカはいい子だなと言いつつもびみょーにシェリルびいきになってしまう私なのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レジェンド・オブ・ゼロ

 ロボ、ほとんど出番なし! 立ってるだけだ!!
 そういう番組だから、驚きもしないけどな。戦闘は貯めてする作りなのだろうと勝手に納得。(六〜七話のように)
 今回は「マクロスゼロ」を見ていないのが悔やまれてならぬよ。見る前にネタばれた気分です。でも、「アイモ」バックにクライマックス、な映画の演出を「をををっ」と見てしまうと、原作と言うか現物を見てちゃんと単品として楽しめるか、ふあーん。(実はちょうどDVDの1〜2をレンタルしてきたところ)曲が違ーう、とか、ちょーダイジェストなFの10話の方が気持ちよかったとか思ってしまったらどうしよう…。
 さて、今回はばりばりオーソドックスなラブコメ展開がいっそ気持ちよいですね。ランカが映画の端役を射止める → たまたまSMSも映画に協力する。その関係でアルトも映画ロケ地に → ちょっとワガママな主演男優の代役をアルトが引き受ける → ランカがなにげに歌っていた「アイモ」を映画監督が見初めて、一気に準ヒロインに歌ごと抜擢! しかし、その役にはなんと主演男優とのキスシーンが! しかもそのシーンの代役はなんとアルト。ランカ悩む → 主題歌を提供したシェリルがちょっと仕掛ける。ランカ、奮起。役を引き受ける。もちろん、ちゅーもありさ! → 試写会での手応えはなかなか。これをきっかけにランカ、大ブレイクか?
 もうテンプレみたいに基本な展開ですよ。ある意味、目新しさはゼロと言っていい。でも、この番組は王道を恐れない。堂々とド真ん中を突っ切ってやりきってしまう。それでそこそこ見せてしまうのがえらいなあ。王道はなぜ王道かというと、やはり何度味わっても「気持ちいい」要素が入ってるからなんで、だったらヘタにいじったり、無理して新機軸打ち出したりするより、王道様のお力を生かし切るというのも一つの技ではあるわけで。
 メインではラブコメ展開をしつつ、脇ネタではちゃんとバジュラと謎の露出青年の話を混ぜてある。これがあるから、うっかりうっかり続きを見てしまうのだなあ。服のセンスには首をひねらざるを得ないブレラ、危機に陥ったランカを立場を忘れて助けてみたりして、やっぱり彼女の血縁なのか? しかもこいつ、サイボーグっぽいぞ。何者?(かなりの確率でランカ実兄の気配だが)なんとなくレオン三島と裏つながりかと勘ぐっていたけど、そうじゃないみたいだしなあ。
 ちゅーか、今の状態では、ブレラの印象って単なるランカのストーカーですよ…。肉親でなかったら、かなりの不気味ちゃん。
 シェリルのピアスの石と同じものが対バジュラ戦に関係ありそうなやつから提示されるし、映画のニュースを見ているオズマにいちゃんはランカとマオ・ノームとの関係をほのめかすようなことを言うし。相変わらず程よい謎のふりまき方は憎いばかりであります。

 作画的には多少ユルユルというか、アルトと何やらってRPGのフィールドモンスターのようなやつと戦ってるとこなんか、結構荒め。でも、個人的には「キャラ表どおりがっちり描きました!」みたいな9話のスタッフの絵柄より好きかな。キャラの演技にふくらみを感じるし。こういうベタラブコメな話のときは、きっちり感よりも絵の遊びみたいな部分がある方が雰囲気が出る気がします。キャラのやり取りが見てて楽しい感じ。

 うーん…。キャラ的思い入れからすると、私はやっぱりシェリル派だ。と悟った10話。この娘、あまりに大人過ぎる! 迷ってるランカがこっちの様子をうかがってるのを承知の上で、「キスくらい平気って言ったでしょ?」となにげにアルトにちゅー。これはもちろん、ちゅーする役が振られたランカに対するびみょーな気持ちがさせたことなんだろうけど、きっとそれだけじゃないんだよね。ランカを「その気」にさせようって腹もあったんだろう。でなきゃ、試写会のときにあんな風にランカに手を差し伸べたりできない。男前だ、シェリル。ランカはけなげでいい子だけど、ふつーなんだよね。物語的にふつーにあり得る「いい子」。そこがちょっと食い足りない。
 問題はそんな魅力的なヒロイン二人に気持ちを寄せられるアルトという主人公は、アリなキャラなのか? ってとこなんですが。これも個人的にはありだから困るな…。ちゅーか、けっこうアルト、好みかもしれず。顔はおなごだが中身は未発達少年、そして鈍感。中身子どもっぷりが根がショタコンの私の好みにマッチしている模様。(はっ、見た目はそれなりだが中身がおこちゃまと言えば、ドモンパターンか、俺)
 今回、ランカを本当に助けたのはブレラだって彼女に言いそびれましたね。その真意はどこにあるんだ、おらおらおら! と、胸ぐらつかんで聞いてみたいです。
 しかし、さすが姫。ヒロイン二人からちゅー「される」立場かよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わかい!

 フライングドッグ(マーク、かわいいなー)というVicterのサイトのアニメ情報番組「エムサスタイル」Vol.59(公開期間2008/07/02?)で、歌シェリルのmay'nさんと声シェリルの遠藤綾さんがゲストで来ているのを見ました。
 うわ、May'nって18才なのか、若いな。歌の感じが大人っぽいんでもちょっと上かと思ってました。だったらランカの中島愛さんとほぼ同じ年です。ご本人も「マクロスF」という番組をすごく楽しんでて、というかかなり一ファン化もしてらして、この仕事について熱く語ってるとこはなんか微笑ましいです。楽曲の提供という形でのアニメの仕事はすっかりめずらしくなくなったけど、ここまでべったり番組とリンクした形だと、「歌手」としてはびみょーな気持ちになったりもされるのでは? と思っていたので。実際、初代の飯島真理さんなんかは「マクロス」のイメージをずっと引きずらねばならなくて苦労されたみたいですし。今後歌手として長くやっていくとこの作品と関わったことについての感じ方が変わるかもしれないけど、今現在はやる気満々で楽しんでおられるようで、古ヲとしてはちょっと安心。
 遠藤さんは司会役の方と個人的に知り合いらしく(最近の声優さん含むアニメ業界の人は全然わからんのよ)、わりと普通の雑談っぽい話に流れちゃってました。最近の声優さんは全然わからんので、遠藤さんの他のお仕事も知らないのです。どういう系の役が多いんだろう?
 よく聞くまでもなく、実はMay'nさんと遠藤さんの声の質はかなり違ってて最初の頃はこれが同じ人だと思うのはちょっとつらいなと感じたこともあったけど、遠藤さんの声質はわりと素直な感じなんでこれにあわせた歌手だと「射手座☆午後九時Don't be late」みたいなぶっ飛んだ歌詞の歌はなじまないような気もする。may'nさんのくせの強い声だからすらっと聞けると言うか。そして素直な声質だとランカとかぶるしね。

 may'nさんのブログも読むと「うわー、ほんと若いわ。ぴちぴち青春ね」(<なんというおばさん発言)と思います。なんか、「マクロスF」と関わることで若い人たちのエキスを分けてもらってる感じです。
 一年半も前から「マクロスF」の仕事をしていたのか…。結構前から準備されてた作品なんだ。<ほんとに最近のアニメ界には無知。
 菅野さんとかこの先の展開を知ってるとか書いてあるんですが、ほんと? じゃあ、結末も決まってるの? でないとこの適度な謎のふりまき方と回収はできない気もするけど。だとしたら、「ほお」(ぽん)と手を打つような終わり方をしてくれるのだろうか。期待しないで待っていよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「世界」がない

 毎週楽しく拝見している「マクロスF」ですが、たぶん放送が終わったらしゅーっと熱も冷めていくだろうなーという気もしています。
 新しい刺激(TV放送)が失われたらわりとあっさり気分が落ち着いていきそうというか。「娯楽」としてよく出来てる分引っかかりとか癖も少なくて、「あー、おもしろかったなー」で他のアニメと一緒に記憶の中ってことになりそうなんです。今のところの感触では、「うわっ、アニメで思わず人生振り返っちゃったよ」とか「テツガクしちゃった、はわわ」ってな作品にはならない感じ。
 その最大の理由は、見てて作品に「世界」を感じないこと。カメラの中に名前を持って映ってくる人以外がどんな気持ちでどんな暮らしをしているのか、実感を持って伝わってこない。もっと大きくいうと、この作品世界に生きてる人類ってどうなってるのか、「マクロスF」の作品世界ってものがさっぱりわかんないのです。
 初代で描かれたゼントラーディとの戦いの後、人類は地球での生存域を大きく失い種の存続を賭けて巨大な移民船団を作って送り出している、とFの冒頭で作品の時代背景が伝えられます。そして、舞台となっている第25船団フロンティアに先代の移民船団の一つギャラクシーに住む歌姫、シェリル・ノームがコンサートをしにやってくる。その歌は銀河に散らばる移民船団間をフォールド通信で流れて大ヒットしているという設定です。
 ということは、無事航行を続けている移民船団間では直接の接触はなくても情報の交流は密に、しかも日常的に行われているということになります。各船団でそれぞれに作られた番組が全船団で共有されていて、娯楽コンテンツの人気でしのぎを削っているのかも。それは同時に(各船団の政権が操作しない部分に置いては)ニュースも共有されているってことになるんじゃないでしょうか。
 そのわりに、ギャラクシー以外の移民船団に関する話が全然出てこないのは気になります。ギャラクシーがバジュラに襲われ連絡が途絶した、という事件は、すべての移民船団にとって重大な事件なんじゃないでしょうか。他の惑星に生存権を求めて旅する人類にとって、目的地に着く前に命を脅かされるのは大問題です。一般市民には知らされないとしても、上層部では情報を共有し合い身を守る知恵を出し合う動きがあってもよさそうなんだけど、そういうニュアンスは今のところちらとも出てこない。
 「移民船団で種としての生き残りをはかる人類」が主題の話じゃないから別に大きく取り上げなくてもいいんです。ただ、「こういう環境に生きている人たちの話」という書き割りのパーツとして、くらいの扱いはあってもいいんじゃないかなあ。でないと、「こういう世界に生きている」アルトだから、ランカだから、シェリルだから、というキャラのほんとの立ち位置が見えてこないんです、私には。
 例えばアルトたちの世代は地球生まれなのか? ってことも気になります。「惑星」という環境、故郷の「星」という感覚、そういうものがあるのかどうか。生まれたときから疑似環境で過ごしているのと、劣悪であっても大地があり大気があり海があり昼夜があり四季がある、そういう世界を知った上で巨大な疑似環境を持つ宇宙船に暮らし始めるのでは、定住するための惑星を探す旅暮らしに対する気持ちが全然違うのではないかと思うのです。パイロットになりたい、空を飛びたいというアルトの思いは、宇宙空間に向けたものなのか、かつて見た惑星の空を思ってのことなのかで切実さの方向性が変わってくるのではないでしょうか。
 家族の、クラスメートの、町に住む一般の人たちの、帰ることの望めない故郷の惑星を後にして、確信もなく移住先を探して星間を旅する生活に対する気持ちがわからない。名前のない人たちが背景以上の存在になれてない。もちろんそれは一つにまとまるものじゃない、それぞれが違う「人」なんでしょうが、違いを含めて点描のようにさりげなくちりばめられていたら、もっと「マクロスF」という物語の世界が見えてくるのになあ、と贅沢を考えてしまうのです。
 そんなこたー「大きな物語」が大好きな、古いSFスキーの戯言なんでしょうかね? でも、物語という嘘をより巧妙にするには、やっぱり世界の構築をがっちりやってほしいなーと思う古ヲタク。でないと、バジュラに襲われる船団の危機が重みを持って伝わってこないし、となると対バジュラに必死になる、その必死度もわかりにくくなっちゃうなと。ひいては助かったときの安堵の大きさも見えてこなくなるな、と。
 私にとってその作品にドはまりするには空気感、というものが、どうしても必要で、それが今イチ感じられないがために「マクロスF」はとてもおもしろいけど、いつまでもやたらと思い出してしまうような作品にはならないだろうなあという予感があるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フレンドリー・ファイア

 クラン・クランのデザインをした(もしくは設定を思いついた)人は頭がおかしいと思う。(褒めてます)
 メルトランディの原寸サイズのときはグラマー美人のおねいちゃん、なのに、マイクローンサイズになったときはローティーンな姿に! これはクラン・クランにたまたま出た遺伝子異常という設定らしいけど、おかげで年齢的にはいんこーにならないロリーという恐ろしいキャラを生み出してしまった。なんという煩悩のどん欲さ(笑)。
 なんて書くと特殊嗜好の男性向きキャラみたいになっちゃうけど(実際そういうニーズ向きに作ったのやもしれんが)、ノーマル嗜好の恋愛スキーにもこれが胸きゅん設定になってるのがすごい。(自分で書いてて、自分の文章がきもい)女性の扱いに長けてて、表面上ちょい軽めなミハエルと組ませてるのが技。ゼントラーディではないミハエルと同じサイズで関わろうとすると、クラン・クランはローティーンの姿にしかなれない。肉体年齢的には何ら問題はなく幼なじみで互いにちょっと気になる存在、しかも男側はアルトのように女に今イチ疎いわけでもないミハエルなのに、クランのマイクローン姿がああなばっかりにこの二人は「普通の恋人」には踏み出せない感がある。このびみょーな障害に「萌え」を見つけるノーマルスキーな皆さんも多いはず。問題はハッピーエンド指向の人はどこに落としどころを見つければいいのか? ってとこでしょう。遺伝子異常の解消? ミハエルの方が巨大化?
 そんなわけで萌えてるみなさんにネタ投下なのが今回の話。いや、それが主題じゃないんだろうけど。むしろ腐系の方々はミハアル話として解釈してるはず。

 アルトよりはよっぽど世渡りもうまく才能もあるミハエル、なのにSMSなんて正規軍でもない傭兵隊みたいな影の存在に所属してるのはなぜか。
 哨戒飛行中? にバジュラに遭遇した学兵三人、血気盛んな(姫なのによ)アルトが取り押さえたバジュラを狙撃しようとしたミハエルは、しかし出撃前にグレイスに言われた「残念だったわね、お姉様のこと」の一言に動揺して狙いを外してしまう。「味方に撃たれたんじゃかなわねえよっ」と激高するアルトにミハエルはいつになくまぢ逆上して、取っ組み合いの殴り合いになる二人。おいおい、貴重なパイロットだろうにこれで大ケガしてたらどーすんだ? ミーティング中だったピクシー小隊はそのケンカを間近に見てしまう。心配顔のクラン・クラン。
 家業である伝統芸能の才能には恵まれているようなのに、父親に反発? 家業の重さにうんざり? でパイロットを志すアルトは、ミハエルから見れば逃げ場を求めて半端に戦争してる煮え切らないやつ。確かにパイロットとして狙撃手として才能はあるようだけど大口叩いて軽く生きてるミハエルは、アルトからするとうさんくさいやつ。そういうわだかまりが誤射事件で互いに爆発したってとこだけど、軍の広報活動に「ギャラクシーのために」協力しているシェリルにまで「アルトはどうしてパイロットしてるの?」と問われれば、「家のことは関係ない」と思いつつも歯切れが悪くなるアルト。シェリルはいつも、自分のやっていることに対して明確で自覚的。その態度に自分の中のはっきりしない気分が照らしだされてしまうのだろうな。その辺はきっと、ランカも同じ。
 姉のことで動揺してしまう自分がいやなのか、やはり姉の最期が心から離れないのか、夜中になっても(フロンティアの外はいつでも夜みたいなもんだが)船外で射撃訓練をするミハエル。そこにクランが様子を見にくるけど、そうか、メルトランディとバトロイドは同サイズなのか! 格闘するならこれで対等か。<そうじゃなくて。女がいないと寝付けなくてなー、なんて例によってはぐらかそうとするミハエル、お前がつきあってくれるならそれもいいけど、マイクローンのお前とじゃ淫行になっちまうからなって、えー、フロンティア内にもそういう条例があるんですかっ。閉鎖空間ですから、いろいろと規制がかかってるだろうとは思いますが。ミハエルの言いようにクラン、ミハエルのバルキリーをビンタ! 気持ちはわかりますが、SMSの機体は政府からの借り上げ品とかややこいものなのでは。壊したらマズいのでは。いや、まー、彼女泣いてましたけども。切ないのね、相手がいつもナナメの応対してくれないからね。
 結局おせっかい承知でアルトにミハエルの事情を明かすクラン・クラン。狙撃の名手であった彼の姉ジェシカの誤射事件とその顛末を聞いて、アルトもちょっと考えを改めた模様で、次の出撃では謎の敵(とは例の露出度高な服を着たブレラだけど)をなんとか固定すると「撃て、ミシェル!」と狙撃を促すように。こいつ、見た目は姫だが中身はほんとに熱血単純野郎だよなー。どうやって繊細な心理描写を盛り込みつつ演技とかやってたんだろう。謎だ。
 アルトとミハエルがお互いの才能を認めつつも、他人に対する向き合い方の違いで反発し合ってたのは一話からずっと引っ張ってきたネタで、それにそろそろ決着つけとくか的エピソードではあったけど、引っぱり期間が長かっただけに「これであっさり一山越していいのかな?」って気分になりました。男心は単純だからこれでいいのか? 殴り合って夕日眺めて「わはは」が伝統だからなあ。

 本筋の脇では、ブレラがフロンティアのどこかから出撃してたり、バジュラを育成しているとおぼしき連中から指示を受けてたりとまたまた謎が謎を呼ぶ展開です。バジュラ問題は異星人につながるというより人類サイドの仲間割れなの? なんかグレイスがよろしくない筋とつながってる感じがあって、シェリルはどうなっちゃうんだ? と心配。
 ランカの出番は少なかったけど、本格デビューに向けて努力中。スク水みたいなかっこでティッシュ配りという活動はいかがなものか? と思いますが(^^;)。影でどうやらレオン三島が邪魔してるようで、苦戦が続いてるせいでしょうが。ボビーが伝説のメーキャップアーティストという設定もすごいです…。彼にはSMSに入ったどんな事情があるんだ。

 今回の作画は安定、というか、キャラ表きっちり守ってますよ! みたいな絵ですね。でも、硬質でとっつきにくいというか、感情のふくらみが見えにくい感じ。あと、相方がちらと見て「なんで殴られるなり血が出てるの?」とツッコミ(アルトとミハエルのケンカシーン)。全体に人間がロボちっく…。も少し柔らかさがほしいなあ。
 メカはですね。ミハエル機が狙撃に入るあたりはかっこいいんですが(反動防止に近くのアステロイドにアンカー打ち込んでたりとか)、アルト機の戦闘がもっとタメありで見たいです。<ワガママ。スーパーロボットのプロレスじゃないからと言われたらそうだけど、あのままでは高速すぎてバトロイド時のかっこよさが見えません! 段取り、かっこよさには段取りが必要なんです。そこのところを一つよろしくお願いしたい。(こんなところでお願いしてもね…)   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »