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さびしい子どもたち

 のろのろ暮らしているので、ようやくノヴェラの三巻を手に入れ斜め読みしています。田舎は困るわー。とっとと見切ってamazonに頼めばよかった。
 さておき、斜め読んでるとこなんで詳細にはまだ手をつけてませんが、今回最初に「ああ」と思ったのはナナセの過去についての膨らましの部分でした。
 あの設定が公式か小説の書き手のねつ造かはともかく、やっぱりTVで描かれてるだけのナナセの情報じゃ、小説という詳細が無いとつらい媒体では「松浦ナナセ」というキャラをポジショニングできなかったんだなあと思ったわけです。
 キャラもののようでいて、実はキャラの描写が結構薄い「マクロスF」ですが、中でも出番の割に薄々感が強かったのがナナセでした。まず最初のころから、なんであんなにランカが好きなんだか、さっぱりわからない。好きというか、友情というか、ナナセのランカに対する好意の示し方って崇拝に近い。対等な感じがしないんです。学校も違う、バイト先での知り合いっぽいけど、どう見たってランカよりナナセの方がバイト先での仕事ぶりも堅実そうげ、ナナセがランカの面倒をみてるっぽいのに、ナナセはランカより下に自分を位置づけてる感じがする。この関係性がまるでわかんなかったのです。
 この時点でランカが何らかのカリスマ性をナナセに限らず発揮してるシーンがあれば、あるいはまだ世間に知られぬランカの才能を強く印象づける場面があれば、ナナセが「そこ」に心酔してるのだと納得もできる。でも、実際には最初の数話に出てくるランカは天真爛漫・不器用・ちょっと引っ込み思案な普通の娘です。ナナセ「だけが」知っている何かがあると考えてもいいけど、そこまで妄想するほどのネタは振られてない。この二人の関係性がまったくもって「?」なんです。
 てゆーか、ランカはナナセが好きなのか? 友だちと思ってるのかも怪しげな気がします。ナナセがあれほど熱意を持ってランカと関わろうとしなかったら、ランカはナナセと長い時間を供にしようと思ったんだろうか? ランカ「から」ナナセに働きかけるシーンって、実はほとんどなかったりしませんか?
 二人の関係性にろくな深さも与えられないまま物語は進み、終盤になってケガして意識のないナナセの枕元に、あの宗教画のようなランカの絵が出現します。なんであんな絵にしたのか、制作側にはそれなりの理由があるんでしょうが、ぶっちゃけ私はあの絵を見てドン引きでした。だって、神様か天使かみたいな描き方してるってことは、ナナセはランカをバカやったり失敗したりくだらないことを共有しあう「友だち」だと思ってるわけじゃないってことでしょ? 生身を持った存在以外のものだと認識してるってことです。
 本人そのものではない、別の「何か」を相手に仮託してるってことなんです。それってすごく悲しくないですか。

 小説のあのナナセ設定が適切かどうかはともかく、少なくともああいう事情があればナナセが「ああいう子」であることの手っ取り早い説明にはなります。
 容姿に恵まれていながら、自分への評価が低いこと。人目を避けるようなところがあるわけ。友好関係が狭そうで、だけどアルトたち数少ない男子とは打ち解けられる理由。性的に未熟で無垢な雰囲気のある、オズマの無敵の愛情を受けて育ったランカを理想の投影先として崇拝するのもむべなるかなです。
 でも、結局ナナセが見ていたのは「ランカ・リー」ではない。望んでも得られない自分の理想を具現していると勝手に解釈している、現実には存在しない少女なんです。
 この設定を導入したところで、ナナセとランカの関係の悲しさは全然解消されない。

 こういう、人間どうしの関係性の薄さはナナセとランカに限ったものじゃないんですけども。
 ナナセが好きだというルカもまた、ナナセのどこが、どうして好きなのかが最後までさっぱりわかりませんでした。もしかしたらルカも、ナナセ自身ではない何かをナナセに投影してるだけなのかもしれないけど。ランカに理想を投影しているナナセが、ルカに理想を投影されてるとしたら、なんとも悲しいメリーゴーランドです。
 みんないったい、誰を見てるの?

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マクロスF雑感」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。きいろさんのマクロスの各種考察、面白くて楽しみにしています。

本編を見ていてナナセのランカに対する想いはなんだか宗教っぽいなぁと思っていたので小説の内容は結構納得でした。

同時にナナセのシェリルに対する態度が最初刺々しかったのは、ランカのライバルというのもありますが、シェリルの持つセクシャルな女臭さムンムンの雰囲気がだめだったのかなと考えてみたり。
ナナセにとって女の持つ女らしさというものは否定すべきものという感じがしました。だからこそ女になる前の「子供」であるランカに惹かれる。
でもランカがこれから成長して子供から脱皮して女性になった時、ナナセはギャップに苦しみそうな気がします。
きいろさんのおっしゃる通りなんだか悲しい関係ですよね。

投稿: KEY | 2009年1月25日 (日) 14時32分

>KEYさま
こちらこそ、はじめまして。
このようなへ理屈書きまくりのブログを楽しみと言っていただき、恐縮です(^^;)。

ああでもしないとナナセの態度を咀嚼できなかった小説の作家さんの気持ちもわかるなあ、ですよね。
KEYさんのおっしゃるとおり、ナナセのシェリルの対する反感は、女性性への嫌悪を含んでいたと解釈すると腑に落ちますね。8話でスタイルに言及された時の反発は、最も触れられたくない部分だったから故だと思えますし。
アルトのことが好きだった説もあるようですが、それも男性性が薄い境界的な存在の彼だからだと説明がつきます。
でも、キャラとしてそんなに重要なポジション振ってないナナセを、そんな重い過去持たせないと納得できない造形にしてどーするんだよ>スタッフ、とも思い(笑)。

もしナナセの後押しが功を奏してランカの恋が叶いどんどん女化していったら、ナナセはどうするんでしょうねえ。
勝手に神格化して、勝手に失望というのもなんだかなーですし。
ここでルカがうまくナナセを現実に着地させてあげることができればいいんでしょうが、彼にそんな大役が務まるんだかどうか。

投稿: きいろ | 2009年1月27日 (火) 04時11分

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